exclusive interview
KLC
courtesy of down-south.com
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DS: KL、今は何をしてるんですか?

KLC: スタジオでアルバムの仕上げ中だよ。シックス・ショットの新作をやってる。あと、最近サーヴと契約したんだ。

DS: Mr.サーヴオンがあなたのレーベルに移ったんですか?

KLC: おう。サーヴオンは今Overdose所属だ。

DS: そうですか。じゃあ本題に。ほとんどの人は、あなた方を、全盛期のNO LIMITを支えたことで知っていると思いますが、実際にはあなたはそれ以前からニューオーリンズのヒップホップ・シーンで活躍していますよね。その辺のことを教えて下さい。

KLC: 俺はブレイクダンスの頃からやってんだ。ヒップホップに関係あることなら何でもやってきてるぜ。

DS: へえ、じゃあ昔はブレイクダンス踊ってたんですか。

KLC: ブレイクダンスも、グラフィティも、DJも、何でも、すべてやった。

DS: あなたのブレイクダンスのクルーは何て名前だったんですか?

KLC: アクション・クルー(The Action Crew)だ。

DS: あなたはニューオーリンズのどこの出身?

KLC: アップタウン。第3区画。パークウェイ...

DS: じゃあパークウェイ・ボーイズというクルーの一員ではなかったんですか?

KLC: いや。それって俺たちのむかーしの会社の名前だよ。Parkway Pumping Recordsって言って。

DS: そうそう、ずーっと前からレーベルを持ってたんですよね?誰が所属してたんですか?

KLC: Mr.サーヴオン、ミスティカル、ソウルジャ・スリム、3-9ポッセ、コフィD。ジュヴィナイルもよくつるんでた。ジュヴィはうちのアーティストじゃなかったけど、関係は深い。うちと契約がなかったとしても、ニューオーリンズの連中の大半はうちと関係があるんだ。

DS: ニューオーリンズのMCにとっての“虎の穴”だったと聞いてます。

KLC: おう。その通り。

DS: 今名前が挙がったMr.サーヴオン、ミスティカル、ソウルジャ・スリムはNo Limitの所属になりました。どういう経緯だったんですか?

KLC: まあ、言わば、俺が連れていったんだよ。最初にサーヴオンが俺をPに引き合わせた。そう、サーヴオンがいなければ、俺はあそこにはいなかったよ。サーヴオンとミアXは(No Limitの本拠地である)カリフォルニアにいたんだけど、ほら、南部には独自のサウンドがあるだろ?西では、そのフィーリングが出せなかったんだ。だからあいつらがPに、KLCに音を作って欲しいと頼んだのさ。そんで俺は初めてPに会った。お互いのことは、その時まで知らなかったよ。

DS: それはいつ頃のことですか?

KLC: 94年か...95年かな。

DS: その頃Pはどのアルバムを手掛けてました?

KLC: そうか、95年だな。奴は「99 Ways To Die」を作ってた。俺が行った頃にはあのアルバムはほとんど仕上がってたんで、俺はヴォーカルの指導をちょこっとしたのと、エンジニアとしてしか関わってない。プロダクションには全然関わってないんだ。

DS: じゃあ、最初にプロダクションを手掛けたのはTRUの作品ですか?

KLC: そう。俺が最初にきちんと手掛けたのはTRUのアルバムだ。もっと言えば、No Limitで最初に手掛けた曲は「Bout It」だった。

DS: 最初にNo Limitの名を広めた曲ですね!

KLC: そうさ。

DS: 「Bout It, Bout It」はサザン・ラップのクラシックですよ。でもあのビートはあなたの娘さんが偶然作ったものだって聞きましたが...

KLC: おう。あの頃、俺はばあちゃんの家に居候してた。で、その地下室でいつもビートを作ってた。あの時、曲はだいたい書けてたんだけど、いいビートがなかなか思いつかないでいた。で、ドラムマシーンに背を向けて、キーボードに向かって弾いてたら、いつの間にか娘が地下室に下りて来てた。俺は気付いてなかったんだ。ドラムマシーンにビートを打ち込んで、ループさせてたんだけど、娘がそれをいじったんだ。俺は慌てて振り向いて、娘をひっぱたいて、上に追い返した。だけど、そのビートをちゃんと聴いてみたらすげえファッキンな出来で、曲にぴったりなんだ。だから、あのビートを作ったのはうちの娘なんだ。

DS: じゃあ、彼女が大人になったら、もっとプロダクションをやらせますか?

KLC: まあ、あいつがやりたがればな。

DS: でも、あのレコードが、No Limitを全国的に有名にしたんですよね?

KLC: そう。あれで、俺はプロデューサーとして名が知れた。最大のヒット曲じゃないが、大ヒットだ。でも俺にとって重要なのは、Pがあの曲から名前を取って、自分のマネジメント会社をBout It Managementと名付け、Bout Itの映画を作り、ストリート・スラングとして定着したことだ。

DS: 「Bout It」は最初コマーシャルで広まったんですよね。

KLC: そうだ。もともとはQUE93の、Wild Wayneの60秒コマーシャル用だった。あれは、Pと、俺んちの地下室で録音したんだ。で、ニューオーリンズ一帯で評判になって、みんながラジオ局にあのコマーシャルをリクエストし始めたんだ。だからPと俺は、あれをフルレングスの曲に作り直して、ミアXのラップを乗せたんだ。もともと、ビートはサーヴオンとハウンドの「Bucking Like A Winchester」という曲のためだったんだけど、それが「Bout It」になったんだ。

DS: その後、Pのアルバム「Ice Cream Man」用に新しいバージョンを作ったんですね。

KLC: 「Ice Cream Man」用にリミックスした。全然違う曲だ。同じ曲だが、パート1とパート2だ。ビートが違うんだ。

DS: ビーツ・バイ・ザ・パウンドが、ニューオーリンズのバウンス・ビートを、ヒップホップのメインストリームに持ち込んだと思いますが、どう思われますか?

KLC: うーん。みんなが“bounce”だと思ってるようなのは、俺たちはバウンスだとは思ってない。みんなはレコードを聴いてバウンスしたい気分になるから、それをバウンスだと思うだろうが、ニューオーリンズの本物のバウンスはそういうんじゃない。例えばフィフス・ワード・ウィービーなんて、どうだい。南部以外の奴らには、俺たちにとっての“bounce”なんて理解できないのさ。奴らが音楽を聴いて、それをバウンスだと思うのは、頭を動かしたくなるようなやつだ。でも本物の“bounce”ってのは、奴らがバウンスと呼ぶものとは全然違うものだ。

DS: そうですか。あなたが、他のニューオーリンズのプロデューサーたちと違うのは、どんな点だと思いますか?

KLC: どこが違うか、ねえ...。うーん、俺と、他のビーツ・バイ・ザ・パウンドのメンバーについて言えば、常にベースの音をヘヴィにしている点が特徴かな。俺たちの音は、常にヘヴィだ。オカズは少なく、ドラムが多い。いい音を見っけたら、fire assなビートをつけて、曲の出来上がりだ。俺の作る曲はシンプルなんだ。シンプルなほうが、ミックスするときに楽なんだ。ビートさえ思い浮かびゃ... ビートこそが曲の命だよ。うん。表現方法に関係なく、ね。音楽でグルーヴを感じることはできるが、聴いてる奴の体を動かすのは、ビートだ。これが、プロデューサーとしての俺の意見だね。プロデューサーと、ビートを作る奴とでは、意見が全然違うと思うぜ。全然違うよ、ぜ〜んぜん。俺はプロデューサーだけど、ビートの作り方もわかってるからな。

DS: あなたは楽器は演奏するんですか?

KLC: ドラムス。アルバム聴きゃわかるだろ?

DS: あなた方は正式にNo Limitを離れ、プロデュース・チームの名前をビーツ・バイ・ザ・パウンドからメディシン・メンへと変えました。何故ですか?

KLC: すべては、契約だ。契約に合意できなかったんだ。俺たちが求めた変更点はまったく聞き入れられず、奴のほうは色んな変更点を押し付けてこようとした。その契約じゃ、俺たちには何の利益もなかった。

DS: 状況は、解決したんですか?

KLC: 解決なんてする必要ねえよ。もう後戻りしないんだから。

DS: じゃあ、もう今後マスターPとメディシン・メンが共演することはないんですね?

KLC: 正直言って、わからん。俺は未だにPのことは好きだよ。で、あいつだって、俺たちのことを必要としてて、あいつ自身それがわかってるはずなんだ。あんたがどう思おうと知ったこっちゃないが、人間、ずっと同じことを聞き続けてると、いつしかそれを期待するようになってるんだ。
例えばスヌープ・ドッグ。俺はあいつに「Fuck Dem Otha Niggaz」とか、超ホットな曲を提供してやった。あの曲はみんなに好かれてて、気分をハイにさせるshitだって言うけど、でもあれはドクター・ドレの曲じゃないんだぜ。
ティンバランドとミッシー、ジュヴィ(ナイル)とマニー(・フレッシュ)も同じなんだけど、あいつらには“あいつら風のサウンド”がイメージとしてくっついてるんだ。No Limitは、一人のアーティストや、ひとつのレーベルのサウンドとくっつけてイメージするには、デカくなりすぎてしまったんだ。一旦リスナーがあるサウンドを気に入って、その音のイメージができあがってしまうと、もうその組み合わせは壊せないんだ。
Pはラップ界でいちばんギャングスタな奴だ。ラップ界でいちばんハードなニガーの一人だ。ところがPは今はもうそういう音楽をやらなくなった。だから奴はもう昔ほど売れなくなった。みんながPに望むものを、奴が提供しないからだ。かつてはファンに提供していた、彼らが望むものを、今はもう与えないからだよ。
別に俺やビーツ・バイ・ザ・パウンドがPが売れた理由の全てだったと言うつもりはない。俺はめちゃホットなビートをたくさん提供したが、奴もファッキンなフックを作って、同じように貢献した。俺はPの働きを過小評価するつもりはない。奴は才能あるよ。ただ、奴は、俺たちと組んだ時のほうが、より才能を発揮できるんだ。

DS: オーケイ、今店頭に並び始めたシックス・ショットっていう新人の「The Medicine Men Presents Six Shot: The Actual Meaning」っていうアルバムについて聞かせて下さい。

KLC: あぁ?そりゃブートだぜお前。今、それ、作ってんだよ。今ようやく8曲ぐらい仕上がったところだ。

DS: え!?お店に並んでるの、あれ、海賊盤なんですか?

KLC: おー、ニセモノだよ。ホンモノのシックス・ショットは、俺たちが自分たちのアルバムを出した後に出るんだ。

DS: あなたたちのアルバムは何てタイトルですか?

KLC: 「Drum Major」だ。

DS: どんな感じのアルバムですか?

KLC: 俺たちの一派が揃ってる。サーヴ(オン)、シックス・ショット、T-ノック、ビューティフル、ドン・ユート。あと、ゲストにマックス・ミネリ、リル・ブージー、リル・ジョン、それにパスター・トロイ、ドラマ。それと、製作陣にモービー(・ディック)、クレイグ、オデルがいる。そっか、あとフィエンドもいる。フィエンドはアルバムでいちばんいい曲をやってるんだ、忘れちゃいけねえな。
これは、ずばり、DJ向け、クラブ向けのレコードになる。DJが疲れたら、このレコードをかけっぱなしにして、休んでりゃいいぜ。97年か98年頃にやってたような、ホットなやつだ。幅広くて、バランスの取れた作りだ。いいアルバムが聴きたいっていう奴はみんな期待していいぜ。とにかくこいつはファイヤーだぜ!


Interview by Charlie Braxton
Translation (Japanese) by SHINKAI Kazuyuki
Copyright (c) 2002 down-south.com


[Top of NO LIMIT Tribute]

No Limit Sodier for Life.
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