LESSON9: 

Sisqo
Nelly
Dixie Chicks
Kanye West
Five For Fighting
The All-American Rejects
The Pussycat Dolls
The Red Jumpsuit Apparatus
Ne-Yo
Flo Rida


15 there's still time for you
Time to buy and time to choose
Hey 15, there's never a wish better than this
When you only got 100 years to live

- Five For Fighting 100 Years



2000


"Incomplete"
-Sisqo (#1)

あのパンツソング「Thong Song」(00/#3)の印象が余りにも大きすぎて他が全てなかったことになっているが、実はチャート上の成績だけで言うとこっちの方が上。こっちは2週連続1位。シスコはご存じのとおり、ボーカルグループ ドゥルー・ヒルのメインボーカルとして90年代後半にデビューしたわけだが、デビュー当時からジョデシのK-Ciにその情熱的すぎるスタイルが似ていると言われていた。この曲はどちらかというと楽曲的にはK-Ciの弟ジョジョのほうが得意としそうなタイプの後期K-Ci & ジョジョ的なバラード。中盤以降の女性ボーカルの絡みも含め、今となってはR&Bチャート上以外ではなかなかお耳にかかれないタイプのR&Bバラード。


2001


"Ride Wit Me" -Nelly feat. City Spud (#3)

後半失速したが、リュダクリスと共にデッケイドの華となった訛りがキツすぎるアイドルラッパー。00年に方言/訛りを前面に押し出した噂のケンミンSHOW的な「Country Grammer」(00/#7)でデビューし、抑揚のある歌メロのようなフロウが話題となった。この曲はデビュー盤から、「Country Grammer」、そしてもう1曲方言ネタ「EI」(00/#15)を挟んでドロップされた3rdシングル。からっとした西海岸ドライヴサウンドに、相変わらずのキャッチーなサビメロでアルバムからは一番のヒットを記録した。ちなみにこの後リリースされた既発曲の別バージョンばかりを収録したアルバム『Da Derrty Versions』では、この曲はジョン・メイヤー「No Such Thing」(02/#13)を下敷きにして更にメロウに進化している。これも必聴。


2002


"Long Time Gone"
-Dixie Chicks (#7)

リードボーカル ナタリー・メインズを中心とした3人組女性カントリーバンド。00年代頭は、コーエン兄弟作の映画 『O Brother, Where Art Thou?』のヒットで30年代音楽などトラディショナルな音楽への注目が集まったことも1つの話題だったが、この曲は同サントラにしれっと収録されてそうな古きよき的な雰囲気のカントリー。90年代の彼女たちは『Wide Open Spaces』や『Fly』などの大ヒットアルバムで順風満帆といった感じだったが、911を境に取り巻く環境が一変してしまった気もする。2003/3/29付チャートでは、フリートウッドマックのカバー「Landslide」が10位→43位へ急激なダウン、最新シングルだった「Travelin' Soldier」も8週目赤丸上昇中25位から一気に52位へ転落(更に翌週は97位)。これらは一重に保守派カントリーステーションがブッシュバッシングをした彼女たち(実際批判したのはナタリー)の楽曲を締め出したことによる影響と言われている。


2003


"Through The Wire"
-Kanye West (#15)

オリジナル曲を知らない若い世代がチャカ・カーン「Through The Fire」を有線で聴いて、「この曲BPM遅くないですか?」と
言ったとか言わないとか。最早オリジナルですら回転数上げてかけてしまいたくなる程の衝動にかられるセンセーショナルなカニエのデビュー曲。この直前にトゥイスタに提供&参加した「Slow Jamz」の大ヒットのおかげでお膳たては十分。まあその前にジャイZの『Blueprint』の参加でプロデューサーとしての手腕は認知されていたわけだが。デビュー当時はアルバムコンセプトなどからコンプレックスの塊のような人だなと思っていたが、その後のビックマウスっぷりを見るにつけだんだんこの人のことがわからなくなってきた。


2004


"100 Years"
-Five For Fighting (#1)

これぞピアノロックの真骨頂。ユー・アー・キング・オヴ・ピアノロック。なんといってもこの曲歌詞がいい。ザ・フレイ?そんなバンド知らねぇ。いや、ザ・フレイが出てくる前までは、この人が第1人者的に扱われていたのは事実だ(ベン・フォールズとかそういうのは除く)。バンド形態のようなアーティスト名でありながら、ジョン・オンドラジックによるソロプロジェクト。実は97年のデビュー時はまだバンド編成で、その時のアルバム『...Message For Albert...』を手元に持っているんだが、もっと躍動感あふれるダイナミックな曲をやっていたりする。話が逸れたが、FFFが注目されるきっかけとなったのはやはり911後に「Superman (It's Not Easy)」(01/#14)が鎮魂歌的に扱われたことによるもの。一旦こういう売れ方をしてしまうと本人的にはその後葛藤とかもあったんだろうな。


2005


"Dirty Little Secret"
-The All-American Rejects (#9)

”すべてのアメリカ人が拒絶”というバンド名とは裏腹に人懐っこいメロを書くことで定評だったポップバンド。デビューアルバムの時点で既にそのポップセンスはいかんなく発揮されていたが、2ndアルバムからの1stシングルとなるこの曲で初のトップ40デビュー。1分1秒たりともリスナーを飽きさせないメロ展開もさることながら、適度にギターリフもかっこよかったりしてなんとも憎い。この曲もそうだし、キラーアンセム「Gives You Hell」(08/#4)もそうだが、ラスサビ前の「手拍子してくださいパート」は、あえてのライヴ仕様か。ライヴの様子が否が応にも目に浮かぶ。


2006


"Beep"
-The Pussycat Dolls feat. will.i.am (#13)

ニコル・シャージンガーを中心とした5人組女性アイドルグループ。その出で立ちというか雰囲気から00's版 スパイス・ガールズなどとも言われた。しかし、ニコル以外はほぼメインボーカルを取れないというところがこのグループの1つの個性かも。デビューアルバム『PCD』から、サビがクールな1st「Don't Cha」(05/#2)、ポスト「2 Become 1」な2nd「Stikwitu」(05/#5)に続くシングル。ウィルアイアムのアイデア一発で作られたような佳曲だ。この後アルバムからは「Buttons」(06/#3)、「Wait A Minute」(06/#28)と同一アルバムから5曲もの40ヒットを生み出した。今はニコルも脱退し、当時とは誰一人も被らない全く別のメンバーで活動自体は続いているとかいないとか。


2007


"Face Down"
-The Red Jumpsuit Apparatus (#24)

一発屋エモバンド。イントロ部分の雰囲気が ドン・ヘンリーの「The Boys Of Summer」に似ている。概してエモといってもボーイズバンド崩れ的なポップパンクまでくくられがちだが、割かしこの曲はエネルギッシュで暑苦しい、いわばエモの中のエモといった雰囲気(男の中の男と同じ体で)。チャートファン同士でこの曲が語られる時にまず出てくる話題はトップ40入りするまので遅さだろう。なんと通算27週。せっかくなので40入りまでの全軌跡を書き記しておく。93→76→83→94→95→96→89→94→92→94→96→97→(圏外)→100→(圏外)→(圏外)→98→98→93→76→83→78→69→56(※)→51→52→46→45→43→40。ちなみに(※)の時点で通算21週目。赤丸付きなら足キリされないみたいな、リカレントチャート行きの例外ルールってあるんだろうか。


2008


"Closer"
-Ne-Yo (#7)

あの「Let Me Love You (マリオ)」の作曲を手掛けた人物がついにアーティストデビュー!的に騒がれた「So Sick」(05/#1)から早3年。「Closer」では4つ打ちをもろに前面に押し出し、スタイリッシュっぷりをアピールしてきました。そんなにスーツ着て踊りたかったのか。これが3枚目のアルバム『Year Of The Gentleman』からの1stカット。なんとなく2ndから「Because Of You」(07/#2)を最後に尻すぼんでいった感が凄かっただけに、冷静に考えるとこの後「Closer」「Miss Independent」(08/#7)の特大ラジオヒットを2曲生み出し、よく取り戻したというか負のオーラを払拭したというか。アルバムは、3枚の中ではこの3rdが一番よく纏まっているとの声もちらほら。  


2009


"Right Round"
-Flo Rida (#1)

後々の音楽史を考えたとき、この曲のクレジットは限りなく、Flo Rida Presents Ke$ha というのが正しい。そして何気にソングクレジットにブルーノ・マーズも名前を連ねているという驚愕の事実(正確にはスミージントンズよりブルーノとフィリップが参加。いったいどれくらい関わった?
)。まあ00'sから10'sを繋ぐにあたっての重要な1曲。「Low」(07/#1)の頃は「ウィル・スミス的なラッパーがまた出てきたなぁ」程度の印象が、デッケイドを跨ぐとヒップホップ界のエレクトロ代表みたいになってしまうのが興味深い。ラッパーにはあるまじく、この当時既にプロデューサーにしっかりとDr.ルークを起用。そういう意味では先見の明があったというか、したたかすぎるというか。



 

copyright (c) 2012 by meantime, all rights reserved.
無断転載を禁じます。